世界平和を志していた私が、摂理で見つけた人生の軸 宮崎 愛心 ESHIMU MIYAZAKI 10代の頃から国内外のボランティア活動に携わる。活動の中で人間の力の限界を感じていた時、聖書に出会い、これが真の平和への道だと確信して牧師になる。趣味は、旅行とカフェでのんびり過ごすこと。猫が好きです。 Q.信仰を持つようになった経緯を教えてください。 私は子供の頃から将来は国際協力関連の仕事をしたいと考えていました。高校の時に海外ボランティアの活動でインドに行ったんですが、現地の過酷な状況を見て、大きな衝撃を受けたのです。同時に、すでに国際機関に世界中の優秀な人たちが集まって懸命に努力しているのに、今なお世界はこんな状態なら、何をどうしたらいいのか、自分の中で答えを見いだすことができなくて、「貧しい人を救うことや困難な国を助けることは、私一人がやろうとして到底できることではない」と厳しい現実を目の当たりにして愕然としてしまって。まさに現実の重さに直面して絶望したというか、心が一歩引いてしまったようなかたちでした。 大学入学後も国際協力に関わる勉強をしようと思いつつ、どこかで「自分がどこかの機関に入ったところで、それで何か大きく変わるのだろうか」「世界平和なんて無理じゃないか」と、冷めた気持ちになる自分がいたんです。子供の頃からの夢もやりたいこともなくなり、何か新しい目標を見つけようとダブルスクールに通って資格の勉強もしたんですが、どうしても全然力が出なくて。これから先、どうやって進んでいこうか悩んでいた時、知人に勧められて藁をもすがる思いでCGM(摂理)の教会で聖書を学び始めました。 最初は全てを宗教に頼るというのはちょっと嫌だなと思っていたのですが、聖書の御言葉を聞いてみるととても論理的で、面白かったんです。鄭明析先生が教えてくださる聖書の御言葉を学んでいくうちに、宗教は幻想やおとぎ話ではないし、摂理での信仰は決して盲目的なものではないということが分かりました。それで神様を信じ、信仰を持つようになりました。この神様の御言葉を伝えていくことが真の平和に通じる道だと確信したので、今は、御言葉を実践することで「世界の平和」と「近くの人との平和」を成していくことが、私の人生の目標です。 Q.実際に牧師になってみて、今はどんなことを感じていますか? そうですね。教会で牧師、牧会者という神様の仕事をさせていただいているわけですが、本当に甲斐があるし、自分の全てを投資しても全く後悔のない、心の底から一番良い人生だと言える、そんな毎日を過ごしていると思います。 私は大学卒業後、一般企業に就職して約6年間正社員として働き、それから牧会をするようになりました。いつかは教会で神様の働きに専念したいと思いながらも、牧会者になるという決心がなかなかつかなかったんですね。牧師や牧会者って、病院でいうところの救命救急センターの医師のような、命にとっての最後の砦というか、人生の悩みや問題を抱えた人をここで助けて救わなければ後がないという、責任重大な役割なわけです。それで、最初は自信の無さから「ちょっと自分には無理だ」と思っていました。でも、この御言葉を伝えていきたいという思いは強かったので、「神様と共に行えばできる」と少しずつ意識を変えて、最終的には自分の考えは捨てて「先生のように、神様の願われるとおりに行おう」と決意が固まって、牧会をするようになりました。 もちろん牧会をしながら大変なことも沢山ありますし、日々全力疾走で、やることも考えることも多い毎日ですけど、それはそれとして。本当に、これ以上の喜びはないですし、幸せな人生はないだろうと思うので、このように導いてくださった神様とイエス様と先生にすごく感謝しています。 Q.あなたにとって、先生はどのような存在ですか? 自分が牧会をしてみて感じるのは、先生の人としての器の大きさや深さというのは、本当に底知れないということです。当然、先生と自分を比べることなんてできないくらい次元が違うことは分かっていますが、一体先生はどこまで神様を愛し、イエス様を愛したら、あれほどまで実践することができるんだろうと驚くばかりです。 私も先生のように、神様とキリストの愛と真理を、言葉として伝えるだけでなく、自分の行いを通して神様を証しする人生を送りたいです。そして、そんな先生のような生き方を通して、より多くの人々が心からの幸せを感じられるように、少しでもお手伝いができれば、これ以上の幸せはないと思っています。 Q.最後に、一言お願いします 私たちの教会は、一人一人の心が通い合い、自分らしさを活かせるアットホームな場所です。神様とイエス・キリストを信じる力を土台として、自分を信じ、互いを信じ合って行えば、初めは微弱でも、私たち個人も、私たちが行うすべてのことも、必ず壮大なものへと成長していくと信じて日々活動しています。そのように私たちの教会が、真の愛と平和が満ちる個人、社会の出発点となれることを願って門を開いていますので、ぜひ一度、足を運んでいただければ幸いです。